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 2012年にオープンした静岡市清水文化会館マリナートの事務室に勤務する清重友紀子さん。いつも適切な距離感を保ちつつ、壁を感じさせない自然なコミュニケーションで利用者に接している姿が印象的。利用者側の要望や相談の本質をすばやく理解し、マニュアル通りではない相手に合わせた対応をなさっていると感じます。問合せについての返答は理由や根拠を含めて明確。ホール全体の幅広い知識をお持ちで、舞台機構についてわかりやすくご説明くださる様子には驚きました。
  (インタビュー:2015年1月29日) -文・構成・写真= 蓑島晋・畑中洋子(シン・ムジカ)-




■出会いとお互いの印象
― 初めてお会いしたのは2011年春頃だったと思います、場所は閉館した清水文化センターでした。翌年オープンのマリナートでのイベントの打合せに行った時で、たまたま清重さんにお会いしてご挨拶させていただきました。お話しする機会が増えたのはマリナートの開館以降ですが、私たちの印象はいかがでしたか。

清重友紀子(以下「清重」)  蓑島さんは、まず声で覚えました(笑)。その後の印象では、私はそれまで行政のイベントやJポップのコンサートなどに携わってきたので、クラシックのコンサートからは遠かったのですが、疎い私に分け隔てなく接していただいたのが嬉しかったです。そして事前に私の印象を頂きましたが(上記)、とても褒めていただいて。私自身が意識してきた部分でもあったので、そのように受けとめていただけたことは嬉しいですし、よく人間観察されていると思いました。

― 的外れでなくて良かったです。

清重  また、民間でしかも静岡でクラシック事業の会社を経営していることが驚きで、人脈や才能がないと仕事として続けていくのは大変だろうと思っています。文化としてのクラシックや現代音楽は、公共ホールで税金を投下して支えられているのが実情です。興行やエンターテイメントのように必ずしも収支が取れるものではありません。そのことはマリナートでも同じで、公共ホールの立場としてはいつも葛藤があります。 あとは、コンサートの現場に入られている時はプロの顔ですね。お叱りも受けていますし。

― えっ、お叱りは受けてないでしょう(笑)



■クラシック事業は難しい
― 私も静岡でクラシック事業だけの企業は珍しいと思っています。マリナートは多目的ホールですが、ホールを貸す側としては、我々も含めたクラシックの利用についてどんな風に感じていますか。

清重  自主事業でクラシックはなかなかできません。それに大きな編成のものや有名作品は目立つし取り上げやすいのですが、実際は細かくて多様なジャンルがありますね。シン・ムジカコンサートでは細かなテーマや楽器に焦点を当てたものを実施されていましたが、我々はそういうところまで知識もないし、企画をするということもこれまで3年間ほとんどありません。外部からの売込みは多いですけどね。

― 外部から売込みは東京や名古屋からですか。静岡からもあるのでしょうか。

清重  静岡からはあまりありません。音楽事務所からがほとんどで、たまに個人の方、アーティストの方からの宣伝もあります。

― それはホールの自主事業としてということですか、クラシックに偏って採用することはできないですよね。

清重  そうですね。マリナートの自主事業として細かい企画はダメだというわけではありませんが、施設の方針としては市民の皆様に広くアピールできることや、実際に多くの方に来場いただくことは重要です。そうした立場で見ると、それぞれの企画についてどれ位集客が見込めるかという検討が必要になります。ご提案いただく企画の中でも、例えば静岡ゆかりの人がいて応援していくとか、マリナートのホールをホームタウンとして活動してくれるアーティストとか、そういう位置付けができればいいのですが、それでもその中から一つだけを取り上げるということは難しくて、全ての企画を知った上で何故それを選んだかという理由が必要です。

― 意義はもちろん大切ですが、それによってどれだけのお客様が来場されるかというのが、マリナートでは非常に重要なのですね。集客重視ではないというホールもあると思いますが。

清重  いわゆる高次高質と言われている高次元の芸術に触れる機会や、作品として完成度の高いものを提供することをモットーとすることも、一方ではあると思います。ですが演奏会に100人しか来なかったら100人にしか伝わらないことであって、ホールとしては満席にしてこそ価値があるものになると思っています。だから良い作品もお客様がいなければ伝わらない、意味がない。仮にチケットが売れなかった公演も無料招待でも集まっていただいて、来た価値があった、次回も(チケットを買って)来ようと感じていただきたいということです。

― そうした効果は、単発よりも長期的に芽が出るような企画の方が生まれやすいということはありますか。教育的な取組みというのか・・・。

清重  お客様を育てていくという意味ではそうかもしれません。でも一回失敗すると続けていくことが怖くなります。

― 失敗だったと判断するのはどういった場合でしょうか。

清重  お客様が少なかった、反応が薄かったと感じた時です。

― ご来場された方は喜んでくださったということはありませんか。

清重  ご来場くださった方に喜んでいただくのは当然のことと思っています、そう感じていただけるようなプロの公演を企画しているのですから。公演そのものが残念だったということはほとんどありません。そうではなく、チケットの売れ行きが悪かったというのが一番です。企画自体が受け入れられなかったことが多いですが、それだけではなく売り方に問題があるのだろうと感じます。例えばマリナートで何度も演奏会を開催している清水フィルハーモニー管弦楽団様ですが、コンサートではたくさんのお客様が来場されて、さらにお客様からのプレゼントの量にびっくりしました。温かみがあって、地域の方や周辺の方々から応援されている印象がとてもありました。実際どんな風にチケットを売っていらっしゃるのかは分かりませんし、マリナートで同じようにはできないというのが現実ですが、でも応援されているという状況がいいなと思っています。

― 清水フィルさんのコンサートで私もまさに同じように感じたのですが、少しずつ築いていらした団の歴史の積み重ねが見えます。地道に歩んでいくことは大事だと実感しました。弊社は規模も小さく静岡での活動は5年ですが、それでも「また来るね」と言ってくださる方が少しずつ増えている感触があって、その方々や自分のために地道にぶれずに進んで行こうという想いを、清水フィルさんの演奏会で確認しました。



■心がけていること
― 清重さんの印象として触れましたが、ホールを借りる立場からは相談したことに即答えてくださるのが一番ありがたく思います。こちらのお願いに「それはできません」でも全然良くて、返事を後回しにして最後にダメですって言われるとか、担当者によって判断が違うとか、そういうことの方が困ります。

清重  窓口で応対する者の言い方で誤解を受けそうなこともあるのですが、でもマリナートでは「やれないとは言うな」と指導しています。利用者様のご要望に対しては、備品を追加していただくとか、利用時間を延長していただくといったご提案と説明をして、ホール側がどのように準備できれば可能になるというようにお答えするよう指導していますが、なかなか難しいです。

― それは一人ひとりが相手の立場や考えを理解して対応するということだから、すばらしいけど難しいことですね。清重さんご自身は、利用者様のご要望から現実の光景が浮かんでいるのでしょう、実際のステージがどんなものになるのかということが。それができるのは強い。

清重  マリナートで勤務するまでは、私自身が施設を借りる側だったからですね。ホールを借りて講演会を企画したり、台本を作ったり、舞台さんと打合せをしたり。会館の打ち合わせに出かけてこれもあれもダメって言われたり、「こういう備品は無いですか」と聞いている立場だったので、利用者様の考えが分かるのかもしれません。今はホール側の立場になって利用者様との打ち合わせをしますが、こんな風にしたら効率よくできるのにとお伝えしたいことも山ほどあります。でも、限られた時間の中で一度に伝えてしまっては混乱させてしまう。当日になって準備に大変そうな様子を見ると、もどかしく感じることも多いのですがなかなか思い通りには行きません。



■マリナートに勤めるまで
清重  SBSプロモーション入社から2010年までの8年間、広告営業とイベントの企画制作課で仕事をしていました。マリナートが開館することになり、その準備室開設の少し前からマリナートの業務に入りました。新しいプロジェクトに対する意欲と、当時まだ建設中だったので設計や建設業者の方との会議もあり、とても刺激になりました。初めて接する業界でとても楽しかったです。

― SBSプロモーションからの出向ですね、当時はどのようなことを担当されていたのですか。

清重  社としてはマリナートの設計段階から関わっていましたが、私はその後の建築段階、建物内の細かいしつらえ、例えば大ホールのチケットブースをどんな形にするかといった打ち合わせに携わっています。

― それまでのご経験を活かして、イベントを催す際の使いやすさをアドバイスすることですね。

清重  そうです。面白かったです。設計、建設、メンテナンスなどの各社の方々や財団の方と準備して来ました。いわゆるPFI事業 ※1 というものです。

― 当時、全国的にはPFI事業を取り入れている施設はいくつかありましたか。

清重  有りましたが、運営まで入っている事例は全国でも数例目でした。設計、建設、維持管理までは入っているけど、運営は別に指定管理 ※2 の方法をとることが多かったようです。

― 設計の段階から関わっている方々で運営していくのは理想的なことだと思いますが、実際はいかがですか。全国での事例が少ないということも、何か困難な点があるのでしょうか。

清重  一般的には、PFI事業で運営まで含むということは、託す行政側にとっても託される民間企業にとっても、お互いにリスクの大きいものです。行政の立場では、その思いを反映しやすいのが運営だと思いますが、民間に任されて実現された施設での企画が、行政が期待するプランとのギャップが余りにも大きかった場合の怖さのようなものがあると思います。一方その運営を引き受けた民間側は当然その会計も含めて引き受けるわけで、その施設の稼働率や興行収入がどこまで実現できるかは、始まってみなければ分かりません。そうした中でマリナートは成功例のひとつになると思いますが、それは旧清水文化センターでの利用状況を把握した上で、新しいものをプラスすれば想定より上るという試算ができたからかもしれません。

― 稼働率はどういった状況ですか。施設によって差があるのでしょうか。

清重  今月までの累計で大ホールが85%程度、小ホールが73~74%程度。練習室はあまり高くありません。ちなみに初年度は県内一位、昨年度は県内二位、平均で80%くらいになります。月によって波がありますし、平日はご利用が少ないですが、それでも学校や企業様の利用や、平日にイベントを開催される方もいらっしゃいます。



■マリナート開館から実際に感じること
― マリナートの準備室で充実していた中でイメージされていたことと、運営していくようになってから実際に直面されることと、お仕事で感じたギャップはありましたか。

清重  それがですね、全然違いました。始まるまでは、それまでのイベント業務の延長線上にあるつもりでいて、実施する側の気持ちも分かるし自信もありました。一つひとつのイベントの本番当日に向けて、企画や資料を練ったりお客様と打ち合わせたりということを綿密に進めて、いくつか並行しているものの1年間くらいかけてじっくり取組んできました。それがマリナートでは毎日がイベント、毎日が誰かの晴れの場、特別な日なんです。多い日には大ホール・小ホール・ギャラリーと全会場で色々な催しがあって、その準備はもう流れ作業ですよね。一つのイベントを実施するにはいくつもの段階を踏んで最後の本番に辿り着くはずなのに、いきなりゴールが毎日やって来ます。私としては、皆さんに特別な日を気持ちよく迎えてもらい充実したものにして欲しいと思うのですが、自分が思っているほど毎日のことを把握できず、それが葛藤です。事前の打ち合わせで聞くことは入場料や開演時間とか。このイベントの内容はどういうもので、どんな思いがあるかは知らなくてもいい、ここが必要な情報、役割はこれだけだということに愕然としました。

― よくわかります。その葛藤を抱えているホールの方は多いと思います。

清重  もうひとつはスタッフのこと。私はSBSプロモーションですけど、静岡市の文化振興財団、舞台のSPSたくみ、維持管理の東急コミュニティ、カフェの静鉄レストラン、清掃の静岡ビルサービス、それぞれのその道のプロが集まって一緒に仕事をするという環境が初めてでした。それぞれ会社の規則も社風も違うし、その違いが意外なところで影響することがあります。私の場合は、自分の会社の後輩なら気軽なことも、簡単なことでも頼みづらかったり、気を遣ったりすることもあります。もちろんコミュニケーションを円滑にしてカバーしていますが、思惑はお互い違うかなと感じたりします。他にも利用者様のニーズに応えたいと思っていることと、ルールを守らなくてはいけないこととのバランスが違うとか。利用者様のニーズは全て違うから、一定のルールの中でそれぞれに合った提供をするということは共通していても、「一定のルール」の線引きが全然違うことがあります。これはもちろん個人差で会社の問題ではないのかもしれませんが、統一を図ることは難しいです。根本はルールを守ることが前提なのか、他の利用者様に迷惑をかけないためのルールなのか。例えば次の利用者様に迷惑がかかるからできないことなら、迷惑をかけない方法を選択すればできるかもしれないが、ルールを理由に断ってしまうとか。どちらの立場も分かるし、難しいとは思うのですが。

― 傍から見ていると、とてもチームワークが良いように見えます。

清重  はい、いいです。みんなのことを尊敬しているし頼りにしています。利用者様に対しては、私はご要望を受けてしまう方ですけど、お断りしなくてはならない要望もあって、みんなそれぞれに悩んでいると思います。たぶん断ることは一番辛くて大変な事です。でも実際そういう場合もあって、できないことを伝えなくてはならない。できると言う方が楽なんです。だから割り切って、努力して淡々とお断りしているのだと思っています。

― 断るにしても利用者の立場を尊重して考えてくださった上での判断かはすぐにわかります。その点でマリナートは信頼できますね。

清重  ギャップに感じていることはその二つと、あとは接客するということです。公共施設なので市民の皆様お一人ずつと接する機会が増えましたが、初めてのことでした。例えば、税金の無駄遣いについて、箱物行政や日本の建築事情に関するお考えとか、そういったお話を窓口でお伺いすることもあります。以前のような、クライアントとビジネスとしての会議をするようなこととは全く違って、驚きました。

― 昨年、東京でステージマネージャーをしている方をお連れしてマリナートを見学させていただきましたが、その時に説明してくださる清重さんの豊富な知識にとても驚きました。それまでのお付き合いの中では気づかなかったのですが、ホールの設備のみならず舞台についても細かくご説明いただきました。

清重  私もホールを借りる立場だった頃、ひとつの備品のサイズを聞くだけのことに一旦電話を切られて、いつかかってくるかも分からない折り返しの電話をひたすら待っているという状況が、本当に嫌だったんです(笑)。そうかといっていい加減なことを伝えてはいけないので、そういう対応も理解はできるのですが。舞台の設備については、かつて企画に関わっていたことや自分の興味もあって、ある程度まではお答えできるようにしています。バックステージツアーで子供たちが集まったり、PFI事業の先進事例ということでの視察の機会もあって、説明しなくてはならない時もありますので覚えたという環境もあります。

― ホール事務所で舞台に足を運んだことがないという方も少なくないので、清重さんのような方は貴重ですね。

清重  なるほど、うちのスタッフ達も教育しないと。



■公共ホールの存在意義
― 公共ホール、文化施設の存在意義や役割について、お考えのことがあれば教えてください。

清重  文化というものを一括りにしようとすると、生きること全てになると思います。食文化・・・食べることも何もかも全てです。だから文化には様々なコネクターになる可能性があると思っています。よく目にしますが、福祉や子育てと文化、観光や街づくりといった行政課題と言われるものを解決する糸口が、文化や芸術、アートにはあります。ホールを指して箱物行政と言われる時代はもう終わっていて、その場所を利用して何が出来るか、どういう拠点になるかというソフト面がもっと大事だと思います。発信拠点となって人を、心を育てていくような取り組みをしていくことが公共ホールの意義ではないでしょうか。現実には、全国に多くの同様のホールがあり、同様のイベントが開催され、情報も簡単に得られるし、どこにも行ける何でもやれる時代。そうした状況の中で、まずはホールに来てもらえる企画をしないといけない。足を運んでもらうためのきっかけを作ることですが、将来的には地域の課題を解決することと公共ホールの発信することが繋がることが、本来理想なのではないでしょうか。

― マリナートを含めた多くのホールは貸館が多いと思いますが、自主事業として発信することの割合はどれ位ですか。貸館と発信や人材育成ということとの関係性は。

清重  実際に自主事業として実施されるのは、年間20本未満です。自主事業も大事ですが、貸館も今言ったような意義を実現するために必要なことのひとつだと考えています。

― そうすると、もっと自主事業で発信するものを増やしたいとか、発信と貸館の割合といった部分でジレンマを感じるわけではないですね。

清重  そうです。マリナートを利用して何かを発信された方、それを見に来て受けとめた方が、豊かに感じていただければいいと思いますし、そうした方達がまた来ようと思ってくださることに繋がればといいと思います。 だから人材育成というのは、ホールのスタッフのスキルアップすることや、利用者、来館者、アウトリーチ、全てが当てはまると思います。ホールを利用して何かを企画したことがあるなんて一歩進んでいる感じがします。すごいことだと思うんですけどね。

― 1月に利用者として火災訓練に参加させていただきましたが、そういったことも教育のひとつということでしょうか。

清重  そうですね。本当はお客様にも参加していただいて、避難の方法や情報発信の段取りなどもっとじっくり説明したかったですが、一ヶ月前に急に決まり、日程も休館日しかなくて。その時にも、地震発生時の避難訓練を経験したいというご意見が多かったですし、大ホールの2階客席に避難することになっていますが、現実にどのような状況になるのかを確認してみたい思いがあります。

― 弊社では小ホールを利用させていただいていたので、避難の際にお客様を小ホールから大ホールの2階席まで誘導することの不安を感じていました。

清重  はい、小ホールの間の扉がどのタイミングでどのように開いて、お客様が小ホールから大ホールの階段を上がって、どのように進むことができるのか。大ホールでも同時に催しがあったらと考えると、現実にはパニックになると思うので、そういった状況を経験しておきたいのです。

― マリナートは構造的には難しい施設ではありませんか。高層ではなく外が見えることは安心ですが。

清重  マリナートは東日本大震災前に設計されていて、その時の基準で建てられています。オープンは3.11の翌年でしたが、震災の影響で予定していた避難計画が作れなくなりました。市が出している防災計画もその4月に改定されて、それにあわせて計画するしかなかったんです。最近になってやっと改定された想定が出てきたので、修正していかなくてはならない。同時に、多くの施設がそうであるように、マリナートのスタッフも必要最低限の人員で運営していますので、現実に何か起きたときには利用者様の理解度が高くないと難しいことです。それは利用している皆さんは誰でも感じていることでしょうね。特に利用頻度が多い方ほど意識が高く、勉強したいという意欲をお持ちの方も多いので、私としてはしばらくそういうテーマに沿ったことを計画していきたいと考えています。3.11の後、静岡でも大きな地震がありましたよね。あの時は、まず携帯電話やパソコンから緊急アラームが鳴り出して、びっくりしている間に揺れました。マニュアル上は放送を流すとか手順が決まっているのですが、ちょうど大ホールで学生さんが練習をしていたので飛んで行ったんです。先生の指示で生徒さんも冷静に対処されて何事も無くてよかったのですが、日頃から私たちもシミュレーションしておかないといけないです。

― 震災以前は、安全面は当然のことと思ってしまっていて、それを意識してホールを選んでいたとは言えなかったのですが、震災後は常に考えるようになりました。打ち合わせの際にホールの対応を細かく確認しましたし、開演前のアナウンスでは避難誘導についてどのような説明が良いのか迷いました。お客様からの質問が増えた時期もありました。しっかり向き合っていかなくてはと思います。



■ホールの職員として実現したいこと、静岡に期待すること
― ホール職員として実現したいことをお伺います。清重さんはSBSプロモーションからの出向でいらっしゃいますが、この先もずっとマリナートにいらっしゃるのでしょうか。

清重  分かりません、会社員なので異動することもあるでしょうし。長ければPFI事業の15年間いると思います。開館するまでの経緯や状況を知っているのは今私だけになってしまいました。社内には他にもいますが15年後には退職しているはずで、もしかしたら生き字引みたいな存在として居続けるのかもしれませんね。

― 15年、長いですね。ホールの改修時期は15年と言われていますが、それと関係ありますか。

清重  はい、それと連動しています。15年間が金銭的なシミュレーションの限界と言われています。PFI事業の特徴でもありますが、15年間のプロジェクトとして運営を引き受けていますので、指定管理で3年、5年という仕組みよりも長い目で取り組めるということは、とても良いことだと思っています。設備や備品についても、当初の担当が責任を持って管理をしていきますので、行政の予算を待って修理するような必要もありません。何より、構造・機構を理解した方々に守られているという心強さがあります。

― なるほど、そういったことを実感として分かっているのは、清重さんお一人になるのですね。それでは、そうした環境の中で、今後実現していきたいことを聞かせてください。

清重  目標は、お客様が大勢集まってくださり、長く愛されるような企画を実現できるようになりたいということです。私自身が企画することでも、商品を見出して取り入れることでも良いので。私は愛媛県の出身ですが、そちらに比べて静岡では無料や安い入場料の公演がとても多いと感じています。グランシップや静岡市民文化会館などやマリナートでもそういった印象があります。けれど、チケットを購入して新しいものを見てみようという動きが意外と鈍い、そういう人が少ないように感じています。文化が発信される方が過剰で、受取る方が控えめな感触ですね。

― 静岡の中ではなぜ積極的ではないのでしょうね。東京や周辺都市の公演へは足を運んでいる方は多いと思うのですが。

清重  そうですね。特に新しい企画が難しいです。Jポップや有名な方の歌謡ショーなどの方が反応あります。新しくてこれから育てていきたいもの、新進気鋭のピアニストや、ぜひ皆様に見ていただきたいと思うようなもの、静岡でもそのような企画ができる環境が整うといいなと思っています。



■プライベートなこと
― 趣味や特技、興味を持っていることを教えてください。

清重  最近ゴルフにはまっています。「マリナートゴルフ部」を作り、「マリナート杯」というゴルフコンペをしています。ゴルフは月に1~2回、コンペは年2回くらいで、マリナートを設計した関係の方達もお誘いしています。コミュニケーションも図れますし、最近はどこでホールを建てているといった話も聞けて、とても楽しいです。プライベートではアウトドア。家族でキャンプやバーベキューに出かけます。子供が楽しそうですし、夫のフライフィッシングの趣味も兼ねて時々遠出します。全然文化的でなくてすみませんね。

― 部活を作ってしまうとは、さすが企画のプロですね(笑)。では、最近接したイベントで印象的だったものをお聞かせください。

清重  少し前になりますが、ラスベガスのベラージオホテルの「O(オー)」というショー、これがすごいですね。ホテル内にシルク・ドゥ・ソレイユ専用の劇場があって、シンクロナイズドスイミングの元日本選手が演者になっていたりして、舞台での水のショーが見られます。水が無い状態からだんだん水が上がってきて、衣装をつけてのシンクロの水中の様子が見られたりして、とても印象にあります。 マリナートの企画では、佐渡裕さん(2014/8/16(土) 佐渡裕×シエナ・ウインド・オーケストラ~ひと・まち・音楽~)がとても魅力的な方でした。お客様への話し方や進め方が上手で心が温かい人だと感じました。マリナートのアドヴァイザーでいらした故吉村溪さんを偲ぶ一曲を演奏してくださって、番組で拝見するあのままの方でした。

― いいお話ですね。それでは、ひそかな夢を教えてください。

清重  いつかカフェを開きたいというのがずっと夢です。大学では食品栄養学部で栄養の専門を勉強していましたし。プレートにお惣菜をお出しするようなデリカフェをやってみたいな、と思っています。

― 憧れている人物をご紹介ください。

清重  色々悩みましたが、おばあちゃん、ということに辿り着きました。愛媛で同居していた母方の祖母で小学校の音楽教師をしていました。昭和2年生まれで、女性として当時では珍しかったはずです。定年まで勤めて、その後も地元の方から「先生」と慕われている人でした。穏やかで活発で、民生委員をしたりたくさんの方との繋がりがある、大好きなおばあちゃんでした。私が大学生の時に亡くなりました。何度かお見舞いに行きましたが、死に目には遭ってないんです。学校が忙しいとかそんな理由で帰らなかった記憶があります。その頃はそういったことを重要と思っていなかったですね。そういうことも含めて、おばあちゃん、と思います。

― 大学生ってそういうものだと、私も反省します。とても意外な方のご登場でしたが、尊敬している、ああなりたい、という想いが伝わってきました。では、子供の頃の夢を教えてください。

清重  テレビ局のアナウンサーになりたいと思っていました。小中学生の頃に放送部だったのですが、目立ちたがりで、しゃべることが大好きでした。親からは弁護士になれば、と言われるくらいしゃべることやスピーチが好きでした。今でもディスカッションやディベートが大好きです。



■ミュージカル『レ・ミゼラブル』静岡公演
― お仕事の宣伝をお願いします。

清重  もちろん奇跡の静岡初上陸、「レ・ミゼラブル」です。

― 誘致するまで大変だったのではと推察します。経緯を伺えますか。

清重  大変でしたが、きっかけは偶然でした。2年ほど前に帝国劇場で新演出のレミゼを見て、終演後は放心状態というくらいに感動しました。以来静岡でもできたらいいなと思っていました。そこからいくつもの段階と奇跡を経て、最終的にここ、マリナートでの公演が決まりました。それでも最初、マリナートは客席数や舞台設備や搬入、楽屋の面でも無理だろうと思われていたようですが、東宝の方にも打ち合わせに来ていただいてあらゆる設備を確認していただいたら、ほとんど改造せずにセットが組める、通常は舞台をほぼ改造してしまうそうなのですが、地方のホールでは珍しいそうで、本当に嬉しく思っています。たくさんの方達の思いや覚悟、マリナートのホール設備、それが揃って実現したことですので、本当に奇跡なんです。

― 運命的なものを感じますが、それだけではない、地道な働きかけ、努力の積み重ねが実を結んだ典型のような事例ですね。公演の頃には、地域を巻き込んでのイベントは何か検討されていますか。

清重  はい、昨年12月から「レ・ミゼラブルにぎわい検討会」という会議体が立ち上がり、まちづくりのようなことを具体的な形にしていきたいと思っています。今はチケット発売前に協力をお願いすることがたくさんあってそうした発信がメインですが、今後は例えばバルなどの企画や半券サービスや周辺マップを作ったり、地域にも何らかのメリットがあるようにと考えています。せっかく1万5千人が集まるということですので、それをきっかけに清水を楽しんでいただく仕掛けになれば良いと思います。休日の終演は8時頃ですからその後に食事する方もいらっしゃるでしょうし、宿泊パックのプランやツアー、地元やフェリーと連動した企画も案が出ています。たくさんの案が出ているので具体的にしていくところです。マリナートが建ったことでの何らかの効果が生まれるといいです。

― マリナートの認知度や周辺の皆様のやりがいにも繋がるという、期待大の公演ですね。本日は長時間ありがとうございました。



ミュージカル『レ・ミゼラブル』
静岡で体験する、初めての感動と興奮!!
2015年9月17日(木)~24日(木)/8日間12公演

ロンドンの初演以来、世界中で65000万人以上を動員しているミュージカル『レ・ミゼラブル』。
ヴィクトル・ユゴーの小説を基にした物語は、飢える姪っ子のためパンをひとつ盗んだために19年間投獄され、その仮釈放中に逃亡したジャン・バルジャンの波乱に富む半生を辿る。人生のやり直しを誓い、市長として成功を収めるバルジャン。しかし警官に見つかって逃亡を余儀なくされた彼は、パリで隠遁生活を送りながら孤児のコゼットを育て上げることに彼の全てを捧げる。そんな贖罪の道を歩むバルジャンと、彼をとりまく人々が織りなす群像劇は人間味溢れ、見ごたえ満点。そのストーリーが「夢やぶれて」「オン・マイ・オウン」などの名曲と共にスケール豊かに展開されていく。
2015年は4月の東京公演(帝国劇場)を皮切りに名古屋・大阪など大都市を中心に公演、静岡は大千秋楽地となる。日本公演通算3000回も静岡公演中に迎える予定である。歌・音楽共に大迫力の生演奏でお届けします。


■清重友紀子 (きよしげ ゆきこ)
静岡市清水文化会館マリナート 企画運営部営業渉外担当チーフ((株)SBSプロモーション所属)
愛媛県生まれ、愛媛県立八幡浜高等学校卒。2002年に静岡県立大学食品栄養科学部を卒業し、(株)SBSプロモーションに入社。広告営業・イベント制作担当として、新聞・雑誌の広告企画特集や、企業の販売促進、官公庁の式典・イベント等の企画制作を手掛ける。2010年マリナート準備室開設に携わり、2012年8月のマリナート開館から現在まで、マリナート運営全般の他、自主事業の広報・企画・誘致を担当している。プライベートでは2008年に結婚、現在2児の母で育児に追われながら日々奮闘中。


※1 PFI(Private Finance Initiative)事業
   公共施設の整備やサービスの提供にあたり、民間の資金や経営能力及び技術的能力を活用し、
   効率的かつ効果的に社会資本を整備し、市民に対して質の高い公共サービスを提供する事業手法。
   参考:
内閣府民間資金等活用活用事業推進室
※2 指定管理者制度
   「公の施設」の管理運営を行う民間事業者等を「指定管理者」として指定することにより、
   民間のノウハウを活用しつつ、サービスの向上と経費の節減等を図ることを目的とした制度。
   参考:
総務省 地方自治制度の概要



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